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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)2192号 判決 1967年4月20日

破産者三栄鋲螺株式会社破産管財人

原告 田中章二

被告 三坂冨治郎

右訴訟代理人弁護士 小泉要三

被告 岡田総七郎

右訴訟代理人弁護士 山本敏雄

右同 宮井康雄

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

被告両名は、原告に対し、金四、五一一、五九三円およびこれに対する昭和四〇年五月三〇日から支払ずみまで年五分の割合の金員を連帯して支払え。

訴訟費用は、被告両名の負担とする。

旨の判決および仮執行の宣言。

二、被告両名

主文同旨の判決。

第二、請求原因

一、訴外三栄鋲螺株式会社(以下破産会社という)は、各種鋲螺、釘の製作販売を主たる目的とする株式会社であるが、昭和三七年一一月三〇日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け、同日原告が破産管財人に選任された。

二、被告三坂冨治郎(以下三坂と略称する)は、破産会社の設立(昭和二七年一〇月一日)以来同社の代表取締役であり、被告岡田総七郎(以下岡田と略称する)は同期間同社取締役であった。三坂は岡田の妻しづゑの実弟であり、両名は姻戚関係にあり、岡田は破産会社と営業目的の共通な訴外岡総株式会社(以下岡総と略称する)の代表取締役をも兼任している。

三、破産会社は、昭和三三年一〇月一日から同三六年九月三〇日までの間、訴外三洋鋼業株式会社(以下三洋鋼業と略称する)および訴外八木友二(以下八木と略称する)からそれぞれ丸鋼を継続的に仕入れた。

四、被告両名は、破産会社に損害を与え岡総に利益を得させることを知りつつ、共謀して破産会社が仕入れた鋼材の大部分を、多年にわたり継続的に仕入値より一割近く値引して岡総に売却していた。

五、三洋鋼業からの仕入単価平均(キログラム当り)、岡総に対する販売単価平均(キログラム当り)および販売数量、仕入単価平均と販売単価平均の差額、販売数量に右差額を乗じた販売損失は別表のとおりであり(八木からの仕入単価は三九円三五銭と更に高いので三洋鋼業からの仕入単価平均を採用する)、岡総に対する販売による損失は合計四、五一一、五九三円である。

六、従って破産会社は少くとも右仕入価格と販売価格の差額相当の損害を生じたことになる(右は単に仕入販売値の差額であり、これに諸経費適正利潤を加えれば破産会社の蒙った損害は遙かにこれより増大する)。

七、被告両名の右行為は、破産会社の取締役として会社に対する忠実義務に違背するものであり、岡田はさらに競業避止義務にも違反するものであって、破産会社は被告両名の右行為により少なくとも四、五一一、五九三円の損害を蒙った。よって原告は被告両名に対し、右損害の賠償およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四〇年五月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

第二、答弁

(被告三坂)

一、第一項の事実は、営業目的中釘の製作販売は争い、その余は認める。

二、第二項の事実は、岡田の取締役期間、岡総の営業目的中鋲螺以外のものは不知、その余は認める。

三、第三項の事実は認める。第四項以下の事実は、別表のような取引があったことは認め、他は否認する。

(被告岡田)

一、第一項の事実は認める。

二、第二項の事実は、岡田は破産会社の創立当初、最初の任期のみ取締役として名義を貸したものであり、重任の事実はない。岡総の営業目的中鋲螺は破産会社と共通であるがその余は異る。その余は認める。

三、第三項の事実および別表中仕入取引の事実は不知、別表中岡総に対する販売取引に関する部分は認める。

四、その余の事実は否認する。

第三、被告両名の主張

一、破産会社の営業内容は、鋲螺の販売九〇%、丸棒の取扱い一〇%、この丸棒の内七〇%、つまり全体の七%にあたるものを材料のまま岡総外数軒に転売していたのであり、営業の全体からみればわずかである。破産会社は三か月又は四か月先払いの手形で丸棒を仕入れてきたのであるが、岡総に対してはすべて現金取引で転売してきた。現金にて転売する場合転売価格が仕入価格より一割ないし二割安くなるのは業界一般の慣行であり、この換金売りにより破産会社は現金を入手し、事業の円滑に役立た。

二、破産会社が営業不振となり、倒産するに至った最大の近因は次のようなものである。

昭和三六年四月破産会社倉庫二階から出火、一〇坪位焼失したが、出火責任者不明のため長期間現状保存により、侵水し、水濡商品がスクラップ化し約三〇〇万円の損失。昭和三六年九月一六日台風一八号により会社倉庫に侵水し、在庫商品二千数百万円が塩水につかり、約二、〇〇〇万円の損失。

右日時頃、訴外小倉金貞産業株式会社に三四〇万円、訴外キシヤ本店外二軒に一六〇万円の貸倒債権が生じた。

第四、原告の主張

破産会社は有力市中銀行二行、信用金庫二金庫と取引があり、融通手形も多額に割引いており、商業手形であれば十分割引できたから、丸鋼を手形で売っても銀行でその手形を割引くことができ、その割引料率は三か月決済の手形であれば二分五厘内外である。よって仕入値より一割ないし一割五分も安く販売することは明らかに不当である。

第五、証拠 ≪省略≫

理由

一、原告と被告両名間に争いのない事実。

破産会社は、営業種目の一として鋲螺の製作販売をなす株式会社であり、昭和三七年一一月三〇日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け、同日原告が破産管財人に選任されたこと。三坂は破産会社の創立(昭和二七年一〇月一日)以来同社の代表取締役であり、岡総の営業種目中に鋲螺の製作販売があること。岡田が同社の代表取締役であること。三坂は岡田の妻しづゑの実弟であり、両名は姻戚関係にあること、別表中の破産会社の岡総に対する販売取引に関する事実。

二、別表の仕入、販売取引について。

≪証拠省略≫によれば、別表のような仕入取引があったことが認められ(被告三坂関係では争いがない)、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

三、銀行等の手形割引料率、破産会社の手形割引の枠の有無について。

≪証拠省略≫によれば、破産会社が昭和三三年一〇月頃から同三六年九月末頃までに銀行、信用金庫、信用組合(以上銀行等と略称)で手形割引を受けた割引料率は日歩二銭四厘ないし四銭位、手形貸付については日歩三銭五厘位であったが、銀行等の場合には割引料率は安くても担保を要求されたり、割引枠が厳しかったり、手形貸付を認められなかったりで破産会社としては銀行等における手形割引および貸付の枠は大体常に限度いっぱい利用しており、なお不足がちのため、正規の金融機関以外の金融業者を利用することも金融業者の手形割引料は日歩一〇銭ないし一五銭位(破産会社が主として利用した金融業者中央商事では、日歩一六銭強の場合もある)であったことが認められ、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

四、本件の岡総に対する丸鋼の販売とその仕入との関係について。

≪証拠省略≫によれば、破産会社は丸鋼を仕入れて賃加工により製品とし販売するほか、丸鋼をそのまま金融のためまたは値下りを見越して転売することがあり、この転売の分量は仕入の約二割であったこと、破産会社は、丸鋼の仕入は通常九〇日の手形でなく、転売のときは平均して仕入値から約五分二厘ないし七分六厘値引して現金販売をなしたこと破産会社の関係する鋲螺業界では丸鋼の値動きがかなり激しく、換金売りの場合九〇日位の手形で仕入れ仕入値の一割近く値引きして販売することも業界の慣行として行なわれうること、三坂が丸鋼をこのように値引きして現金売りした相手は、岡総に限らず他の業者にもなされたこと、が認められ、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

五、現金販売による値引率と手形割引、貸付料率の比較。

丸鋼は九〇日の手形で取引されたのが普通であるから、前認定の銀行等の手形割引、貸付料率を九〇日間で計算すると、その割合は約二分一厘九毛から三分六厘になり、その他の金融業者による場合は九分から一割三分五厘(中央商事では一割四分四厘強の場合もある)になる。破産会社は、銀行等における手形割引、貸付は通常枠いっぱいまで使用していたものであり、その外にその他の金融業者で手形割引を受けていたこと前認定のとおりであり、その料率は前記のとおり九分から一割三分五厘になり、その率は丸鋼の値引販売率の五分二厘から七分六厘を上回る。したがって、値引販売を手形貸付又は割引の代りに利用したものとすれば、銀行等以外の金融業者から手形貸付、割引により現金を入手するのより有利である。

六、結論。

銀行等以外のいわゆる街の金融業者で手形割引、貸付を受けることは、その料率からみて危険が伴い、健全な会社運営とはいえないが、銀行等にはわずかの融資枠しか持たない破産会社のような弱少会社(≪証拠省略≫によれば資本金も一〇〇万円)では、状況によりある程度やむをえない場合がある。企業経営者の企業遂行決定については、長期的判断にもとずいて一時の損失を敢えて甘受することも多く、そこには常に多少の冒険は許されなければならないし、鉄鋼のように比較的相場の変動の激しい業界においては、なおさらである。したがって、被告らが破産会社の取締役として、原告主張のように別表記載のごとき値引販売をしたからといってそれだけで破産会社に損害を与え、岡総に利益を得させる意図を有したとか、取締役として守るべき善良な管理者の注意義務に違背した過失があるとか断定することはできない。≪証拠省略≫によれば、破産会社が破産するに至った大きな原因として、火災、水害、貸倒債権による被害があることが窺え、被告両名の姻戚関係等を考慮しても、被告らに右のような故意、過失があったことを推認させるに足りる資料とするには不十分である。

したがって、被告両名が取締役としての忠実義務に違反したということはできない。また被告岡田に競業避止義務の違反があったとしても、原告主張の損害が右義務違反に由来する損害にあたらないことは、主張じたい明らかであるから、この主張も理由がない。

七、よって、原告の被告両名に対する本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却すべく、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野至 裁判長裁判官杉山克彦は転任のため、また裁判官村瀬鎮雄は退官のため、いずれも署名押印できない。裁判官 上野至)

<以下省略>

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